百姓から見た戦国大名 (ちくま新書) 黒田 基樹

百姓から見た戦国大名 (ちくま新書)

大名は民衆を支配していたが、逆に、民衆の存立なくては大名は成り立たなかったことを強く意識するようになれる本。

この時代を考えるときに当時が慢性的飢饉だったという認識が大事と著者はいう。人々は第一に生きなければならず、村同士の争いも、慢性的な飢饉を背景としていることが多かった。

村同士の紛争への参加のみならず、食い詰めた人々はしばしば戦争に参加した。戦争は略奪の側面もあり、生存につながる望みがあるからだ。この時代、戦争が多かったのは、それが生きるための手段だったという理由もあるわけだ。飢饉の状況にあっては、無理にでも大名は戦争しないと領国を養えず領民から見放されるという皮肉な事情があったのかもしれない。

百姓から見た戦国大名 (ちくま新書) 黒田 基樹

 しかしこうした争いはさらなる飢饉を促しもする。全体としては悪循環だ。この状況で大名は村の存立を保障するため、不作の際に税の控除をするなど適宜徳政をしいた。

また大名と村との間に介在する役人らの行動に規制をかけ不正を防いだ(目安箱で、村人が役人の不正を直訴することを可能にしたのが代表的施策)。裁定や実力行使の権利(「人殺しの権利」(P.216))を大名に一元化したわけだ。

こうして、もめごとを当事者同士が武力で解決する傾向は抑制され、権力を一手にする大名が、公正に裁判で解決を図っていく状況が出てくる。これは「平和」という、あらゆる人の共同利益にもつながり、後の社会の安定につながったわけだ。

 およそこのような内容である。今の時代と、戦国時代なんて共通性などなさそうに思っていたが、よくよく考えてみると、権力(暴力)の一元化によって安定が成立しているという事情は、どの時代も変わらないのかもしれないと思わされた。