井上成美 (新潮文庫)

井上成美 (新潮文庫)

当時の空気が伝わる本。

ひとくちに旧日本軍といっても、陸軍と海軍の気風が全然違っていて対立しがちであった。

比較的自由な空気の海軍には山本五十六や井上成美など、アメリカと戦争をしたら「必ず」負けるということを、各種客観的資料から冷静に分析できていたものが多かった。

陸軍はそういう計算をしないで、無茶な精神論でつっぱしろうとする人が多かった。真珠湾攻撃の指揮を執った山本五十六も非戦派だったが、陸軍の開戦派勢力の浸透をとどめることはできず、やむなく戦いを余儀なくされた(自分の意志と逆のことを任務として果たさねばならなかった思いとはどんなものだったとひとしきり考え込んでしまった)。

井上成美 (新潮文庫)

井上の海軍兵学校長時代の教育方針は、「敗戦後でも」通用するようなジェントルマンを育てることであった。立場上おおやけにはしなかったが、負けることを前提に教育していたという(終戦後、阿川によるインタビューで述べている)。

当時敵性語として英語由来のカタカナは全部日本語におきかえられていた(たとえば野球の「ストライク」は「よし」などと)。陸軍では英語を士官学校の入学試験からもはずした。

井上はそういう時代の風のなかでも、海軍兵学校から英語を教育をはずさなかったというから柔軟な人だったようだ。

ところで「井上成美」という文字列はこれまで見たことはあったが、「いのうえしげよし」と読むと言うことはこのたび初めて知った(ずっと「いのうえなるみ」と思っていた)。