おとなの小論文教室。 山田 ズーニー

おとなの小論文教室。 (河出文庫)

これから読む人にお伝えしておくと、この本は、「○○教室」というタイトルでふつう思い起こすような本ではない。小論文の技術を学ぶことはできない。

「教室」というからにはふつうは著者を「教師」と想定したくなるものだが、本書では著者自身がいろいろ思い悩んで揺れていて、教える側がこうでは学ぶ側は「何かを汲み取ろう」という気持ちになれなかった。

ふわっとしたエッセイの空気感の本に「教室」の名を冠されても戸惑ってしまう。語られるのは小論文の心構えくらいだ。もちろんそれも大事だが、具体的な方法論も提示しないのでは嘘だろう。

おとなの小論文教室。 山田 ズーニー

もう一点。本書は糸井重里氏のウェブサイトとなにか関係があるらしいが、その内輪で盛り上がっているような本だった。購入して初めて著者に接する読者に対しての最低限の礼儀を欠いている気がする(1)近年、NHK紅白歌合戦では、決まってその年の朝ドラの小芝居を挟んでくるが、朝ドラを視聴していない人には鬱陶しさの極みである。それと同じ不快を感じた。。本として出すならもう少し考えてもよかったのではと思う。

良い点も書いておくと、「なぜ、つかみにいかない?」という著者の訴えはわりと好きだ。「もっと強く願っていいのだ、なぜ萎縮することが生活だと思い込むのだろう」というくだりを含む、茨城のり子の「もっと強く」という詩を思い出した。


脚注

脚注
1 近年、NHK紅白歌合戦では、決まってその年の朝ドラの小芝居を挟んでくるが、朝ドラを視聴していない人には鬱陶しさの極みである。それと同じ不快を感じた。