貝と羊の中国人 (新潮新書) 加藤 徹

貝と羊の中国人 (新潮新書)

実利追求の象徴としての「貝」、義の象徴としての「羊」。この二つをキーワードに、古代から現代に至るまでの中国を多角的に考察する。

どの議論をとっても、内容の水準を落とさずに初心者にもわかるように伝えている。充実した一書。

貝と羊の中国人 (新潮新書) 加藤 徹

歴代政権の中で現在の共産党政権を位置づけ、その予想寿命の考察もしている。

アマゾンの商品ページに、4000字以上という例外的に長い抜粋が記されている。これだけ読んでも興味深い。以下に一部を紹介しておきたい(強調引用者、改行適宜改変)。


三千年前の東方系の殷と、西方系の周の気質の違いは、現代中国人にも受け継がれている。ここで仮に、殷人的な気質を「貝の文化」、周人的な気質を「羊の文化」と呼ぶことにしよう。

殷人の本拠地は、豊かな東方の地だった。彼らは、目に見える財貨を重んじた。まだ金属貨幣が存在しなかった当時、貨幣として使われていたのは、遠い海から運ばれてきた「子安貝」だった。有形の物財にかかわる漢字、寶(宝の旧字体)、財、費、貢、貨、貪、販、貧、貴、貸、貰、貯、貿、買、資、賃、賜、質、賞、賠、賦、賭、贅、贖……などに「貝」が含まれるのは、殷人の気質の名残である。殷の宗教は多神教で、神々は人間的だった。日本の俗諺で「御神酒あがらぬ神は無し」と言う。殷の「八百万の神々」も、酒やごちそうなど、物質的な供え物を好んだ。殷人は、自分たちの王朝を「商」と呼んだ。

殷人が貝と縁が深かったように、周人は羊と縁が深かった。周の武王をたすけ、殷周革命の立役者となった周の太公望呂尚の姓は、「姜」である。字形も字音も「羊」と通ずる。周人にとって、羊こそが宝であった。

一般に、農耕民族は、地面から雑草や樹木や虫など生命がどんどん湧いてくる自然環境に住んでいるため、地域密着型の多神教になりやすい。いっぽう、広漠たる大草原や沙漠地帯を移動しながら暮らす遊牧民族は、空から大きな力が降ってくる、という普遍的な一神教をもちやすい。遊牧民族の血をひく周人は、唯一至高の神である「天」を信じた。天は、イデオロギー的な神であり、物質的な捧げものより、善や義や儀など無形の善行を好む。殷人は、神々を好んで図像に描いたが、周人は、ユダヤ教徒やイスラム教徒が唯一神を図像に描かぬのと同様、「天」の姿を絵や彫像にすることはなかった。

殷の神々は、酒や肉のごちそうで機嫌をとり、「買収」することができた。しかし周人の「天」は、羊を捧げるだけでは不十分だった。善行や儀礼など、無形の「よいこと」をともなわねば、「天」は嘉納してくれなかった。義、美、善、祥、養、儀、犠、議、羨……など、無形の「よいこと」にかかわる漢字に「羊」が含まれるのは、イデオロギー的な至高の神「天」をまつった周人の気質の名残である。