前田利家〈上・下〉 (光文社時代小説文庫) 戸部新十郎

加賀藩主、前田利家の生涯を描いた小説。

利家は秀吉と竹馬の友。このため話の筋には秀吉が強く関わってくる。友でありながら天下人秀吉の臣下となった利家がどのような態度で生きていったかが、作者の思いをダブらせて興味深く描かれる。

前田利家〈上〉 (光文社時代小説文庫)

上巻では、ちょっとした無茶をして信長から勘当されて浪人になった時の様子が興味深い。このころのやんちゃぶりをみるにつけ、なぜ後年落ち着いてしまったんだろうと素朴に思う。

賤ケ岳の戦いの場面もよい。秀吉と柴田勝家の争いの中で、どちらとも交友がある利家が、とるべき立場に迷う様子もさることながら、勝家自身の滅びの書き方が美しかった。

全編通じてやはり正室まつのからっとした言動も、話を盛りたてている。

荒子駅(名古屋)の前田利家像
wikiより)

下巻では、秀吉の下で天下の情勢が一時的に固まったころの利家の様子が書かれている。

前田利家〈下〉 (光文社時代小説文庫)

利家は諸大名からの信望も集めていくが、前半生ほど行動的ではないため、それ自体が物語のおもしろさを目減りさせているように感じた(1)特に結局の何のためだったかわからない秀吉の朝鮮出兵のときの空気は、小説の倦怠的な部分と重なっていた。

しかし最晩年、家康と利家の二大巨頭の体制での緊張をはらむ政局の描写は興味深いものがあった。利家は関ヶ原の戦いの前年に亡くなったが、もう少し健康に生きていたらかなり歴史も違っていたといえる重要人物だったという確信が読者の中に強まりそうである。

加賀百万石出身の人は、利家が当時のキーパースンの一人であったと感じられ、胸がすくだろうと思う。


脚注

脚注
1 特に結局の何のためだったかわからない秀吉の朝鮮出兵のときの空気は、小説の倦怠的な部分と重なっていた。